大将の大阪・京都散歩の記 そのⅡ 2015年10月28日(水)



さて、先日の大将のブログの続きだニャ(=^・^=)
本日もお付き合い下さいニャ by.ちょこ



10月28日(水) 続き


さて、ここからが今回の関西散歩の本来目的です。

大阪と京都の境に位置する山崎は、古より交通の要衝であります。
北は天王山、南は桂川・宇治川・淀川(木津川)の
3河川の合流点に挟まれた狭隘の地形です。

今から433年前、1582年(天正10年)本能寺の変の後、
備中高松城攻めから急慮播磨に進出した秀吉軍と
これを迎える明智光秀軍との決戦、
「山崎の戦」が行われたのがこの地です。

私がここを訪れたかった理由は、
数の上で劣勢の明智軍がここを破られたら
京まで遮る方法がないここ山崎の地でなぜ決戦に臨んだのか。

なぜ戦いの名称が「天王山の戦」から
「山崎の戦」へと変えられたのか。
なぜ・・・・合戦の行われた現場を見ることは
その疑問の解答のヒントを与えてくれると考えていました。

敗戦の決定的ポイントが、戦場の北に位置する天王山を
一早く秀吉軍に抑えられたからといわれていますので、
兎に角現地を見てみることにしたのです。

因みに、スポーツ等で事後の趨勢を決する重要なポイントのことを
「ここが天王山」と言いますが、この戦いが語源とされています。


天王山までの道、結構急な坂でした。
写真では判り難いですが、住宅街地とは思えない急坂で、結構きつい登りです。
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登山道の途中にある名刹「宝積寺」山門
伝わるところでは742年行基によって開山され、1232年の焼失後直ぐに再建され、
山門の両側に立つ金剛力士像(重文)は、夙に知られた東大寺南大門と同時期の作です。
天正10年の合戦時は、ここに秀吉軍の本陣が置かれました。
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寺院の裏手からこんないかにも「京都らしい」山道を登ること40分、
天王山展望台に着きました。
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天王山の展望台から見る、山崎の地形の様子。
ここを押さえられたら、戦いにならないことは、
現在を生きる私でも分かる気がします。

立木のために、広がりが今一つですが、
狭隘な山崎に対して大阪平野が開けているのがわかります。
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山崎から京都に移動し、
翌日の行動のウォーミングアップとするべく少し歩いてみました。
何しろ京都を訪れたのは40年ぶりの事ですから。

今回の京散歩は、
日本史の中で京を舞台に発生した大きな戦乱の現場を自分の足で歩き
目で見、空間を肌で感じることを目的としています。

すべてを訪ね歩くのは無理ですから、
古くは保元の乱から幕末・戊辰戦争に至る間、
戦場が集中する上京と鳥羽二つの地域に絞ってみました。

山崎を後に京都に移動、空腹でしかも中途半端な時間だったので、
京都駅地下街の店でラーメンを食べてみました。
写真は、塩とんこつです。
特に言うことはありませんが、メンマとキムチは食べ放題でした。
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≪相国寺≫

応仁の乱は京を主戦場に1467年に始まり
11年間に渡って続きますが、
その間にいくつかの大きな合戦がありました。
ここはその一つ相国寺。
関東にいると寺院の境内が主戦場と言われても今一つピンと来ませんが、
現地に来てみると寺域の広さに実感、
戦場の最前線となったことがわかります。
尚、金閣のある鹿苑寺、銀閣のある慈照寺は
どちらも相国寺の山外塔頭(さんがいたっちゅう)です。

山門
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境内の一部
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作家水上勉が幼い頃に暮らした境内の瑞春院
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《京都御所と蛤御門》

言わずと知れた京都御所。さすがに広い。
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蛤御門は御所西側にある門の一つ。
写真資料から考えていたよりも規模が小さい。
1862年の禁門の変の主戦場はここであったことから
別名を蛤御門の変と言います。
戦闘で受けた銃弾の傷がどこかにあるはずですが暗くてわかりません。
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日没となったので、ホテルで一風呂浴びてから、
改めて街中に出直し夕食です。
食の街といわれる割には、食べたいものが見当たらない街でした。
よって、行き慣れたキリンシティです。
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翌日の散歩を控え、大酒しないでビールのみで仕上げです。
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10月27日のおまけ

古典落語の名作に「大山詣り」がありますが、
横浜を出発して直後新幹線の車内から大山をはじめとする丹沢の山々前が見えました。
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以上!大将のお散歩ブログそのⅡでした。
10月29日(木)の散歩は、また後日整理して記事書いてアップとの事

本日も最後までお付き合い下さり
本当にありがとうございましたm(__)m








by kaorunchoko | 2015-11-09 19:44 | 大将 | Trackback | Comments(13)
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Commented by rinkatu at 2015-11-09 19:53
大河ドラマ好きには
室町、安土桃山、幕末と
京都の歴史に纏わる地名、建造物を聞くとワクワクして読みましたぁ(^^)
また改めてDVD借りてこうかと思います(^^)/
Commented by milknyan1 at 2015-11-09 20:15
こんばんは( ´ ▽ ` )ノ

歴史からっきしなのですが、;^_^A、天王山など、ヘェ〜と楽しく読ませていただきました!

京都のラーメン。地元民はコッテリがお好みのようです。実は京都のお料理、味が薄いわけでもないのが、ビックリでした。
Commented by ayayay0003 at 2015-11-09 21:51
こんばんは^^
先日からいただいた宿題、「大阪の位置付け」ですが
ようやく答えが出ました。
ずばり、「ハブ」です(笑)
大阪は、愛媛人にとってはどこかへ行く起点になります。
私の場合は、ソレは関空かもしれませんね(笑)

あ、今日の記事で、蛤御門の戦闘で受けた銃弾の傷ですが
扉に近く寄ると、分かりますよ!
4月の桜の時に訪問した時にはっきりと見て来ました!(^^)!
写真も撮ったのでアップすればよかったかな(・・?と思いました。
なかなか興味深い記事をありがとうございます♪
Commented by arak_okano at 2015-11-10 07:23
歴史を歩きながら確かめる旅に頭が下がります、車ではわかりませんね、バグースです。大山、その麓近くでアラックは走っています。
Commented by tatuotoko0406 at 2015-11-10 08:50
おはようございます。
目的をはっきり持って行くと、尚更楽しいでしょうねえ。

そういえば、関ヶ原&桶狭間&天王山の戦い!と以前は野球でも言ってましたが最近は天王山、に絞られてきたような気がします。

天下分け目、というと印象的には関ヶ原なんですがね^^
Commented by kaorunchoko at 2015-11-13 11:45
大将です。28日の記事にコメントいただいた皆様へのご返事が遅れましたことをお詫びいたします。
Commented by kaorunchoko at 2015-11-13 12:05
rintakuさんこんにちは
最近の大河は出来不出来というか好不調というか出来映えが安定しませんね。私の見る限り原因は、良くも悪くも脚本6割、演出3割、役者1割といったところでしょうか。
視聴率やネットの評判とは無関係に見ても、今年は最悪でした。本・演出・役者すべてがダメでしたね(もう過去形!)。来年はどうでしょう。三谷幸喜は嫌いですが、ここ数年に比べ脇の役者が揃っているのでそこに期待します。ポイントは両親役の草刈正雄と高畑淳子だと思います。
Commented by kaorunchoko at 2015-11-13 12:21
ミルク母さんこんにちは
私ももしかしたらと思っていたので、29日の昼食はいかにも地元という感じの中華料理屋さんい入ってみました。中華という理由もあるかもしれませんが、案の定至って強い味付けで、関東と何ら変わる所はありませんでした。
所謂「京の薄味」は、東京のテレビが作りだした虚像に対する思い込みなのかもしれないですね。
Commented by kaorunchoko at 2015-11-13 12:29
アリスさんこんにちは
大阪に関する私の漠然とした問いかけに対して、実に的確かつシンプルな回答を感謝します。
「ハブ」一言で何となくわかった気がします。関東人における東京の位置づけとは相当違うことがはっきりしました。
実際、大阪を歩いてみて、大都市だから当然の部分もあるでしょうが、一体ここと東京とで何か違うものがあるのだろうかという疑問が付き纏っていたのです。
やはり、西日本の地方は東日本の地方とは「中央」に対する感覚が異なるのですね。
一度、愛媛に行ってみたくなりました。
Commented by rinkatu at 2015-11-13 13:27
大将は大河ドラマ大好きなんですね^^
好きだからこその意見のように感じます。
デジタル時代によって視聴率の数字の判明が早すぎることで
"視聴率"だけが独り歩きしてるように感じ、残念です。
見る側にとって視聴率関係ないと思うんです。。。
Commented by kaorunchoko at 2015-11-13 17:15
rinkakuさんお察しの通り、大河は50年近く見続けていますから最早生活の一部に近い感覚です。
ただ、ここ10数年、カミサンが幕末物に関心を持たないためと、私自身も所謂「新撰組モノ」に興味がないため、殆ど視聴しない年があったりします。
来年は、彼女が大好きな戦国末期モノですから、夫婦揃って見る事になるでしょう。
Commented by kaorunchoko at 2015-11-13 17:25
アラックさん返事が遅くなりました。
頭なんて下げないでください。
実際に歩いてみると、思っていたことと実際が随分と違っていることに気付いたりします。それが現地散歩の面白さなのだと思います。
大山山麓で走られるとは、あの辺りにお住まいなのですか?
Commented by kaorunchoko at 2015-11-13 17:35
オレさんこんにちは
歴史散歩は実際とても楽しいものです。但し歩きでの移動ですから予定していたよりも時間がかかったりで、中々計画通りには歩けませんでした。
京都のバス路線をきちんと把握してから臨めば、もう少し無駄なく移動できたかもしれません。今回は、地下鉄と徒歩でした。
天下分け目は従来通り関ヶ原で良いのではないですか。桶狭間は「乾坤一擲」でしょう。
天王山はやはり「ここが正念場」といった使い方でしょうか。
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